buriki-ya’s blog

貧しくても賑やかなちゃぶ台で夕食をとっていた昭和30年代...今も健在なブリキ玩具・政治・経済に関するブログです

エセ右翼安倍晋三が生まれた背景

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ブログ「半歩前へ」さんが、ネット上に氾濫している情報として「後藤田正晴が『安倍晋三だけは首相にしてはならない』と語った」ことを紹介します。
 
 後藤田氏は警察庁長官から政界に転身し、中曽根内閣時代には請われて内閣官房長官に就きました。それ以後「カミソリ後藤田」と周囲から畏怖されて、保守政党(現自民党)の重鎮としての地位を築きました。

 4年ほどの陸軍従軍と半年強の中国軍捕虜生活の体験を持ち、ハト派として知られました。1988年、イラン・イラク戦争終結に当たり米国から海上自衛隊の掃海艇をペルシャ湾に派遣するようにとの要求を受けたとき、「私は閣議でサインしない」と強硬に反対し、中曽根首相に派遣を断念させました。

 1990年(海部俊樹内閣)に湾岸戦争が勃発し、やはり米国から自衛隊派遣の要請があったときにも一貫して反対姿勢を貫きました。

 「岸信介は、軍国主義者でA級戦犯として逮捕されたが、米国の“操り人形”になることを条件に釈放された云々」と述べているのは、岸がCIAのエージェントを務めたことを指すもので、当時CIAから莫大な資金が、彼を通じて自民党の前身の保守政党に投入されたことが知られています。

 後藤田氏の『安倍晋三だけは首相にしてはならない』の言葉は5月初めにもネット上で話題になり、安倍応援団は出典の記載がないからデマだと応戦しましたが、書かれていることはあまりにもリアルで、後藤田氏がそう警告したであろうことは誰しもが納得できることです。

 その出どころですが、オーラル・ヒストリー(口述記録歴史)を専門分野に持つ御厨 貴・東大名誉教授は生前の後藤田氏からの沢山の口述を聞いているので、多分そこであろうと思われます。

安倍晋三について後藤田正晴が言った言葉!

安倍晋三だけは首相にしてはならない。
あいつには岸の血が流れている。
みんなは岸の恐ろしさをしらない。
岸の血って、血縁っていうだけじゃないんだよね。
人としての情がない。恥を知らない。
岸信介安倍晋三に共通しているのは、その恐ろしさなんだ。
                          後藤田正晴
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 こんな情報がネット上に氾濫している。

 岸信介は戦前の官僚。

 のちに甘粕正彦と組んで、帝国陸軍中国東北部を植民地にし、そこに建設した傀儡国家「満州国」を牛耳った男だ。もちろん知る人ぞ知るあの731部隊(人間を生物化学兵器用のモルモットとして扱った)も彼の管轄下にある。

 岸信介は、東条英機内閣の商工大臣を務めた軍国主義者。A級戦犯として逮捕されたが、米国の”操り人形”になることを条件に釈放された。その孫が安倍晋三である。

 甘粕正彦は陸軍憲兵大尉の時に、無政府主義者大杉栄らを殺害したことで知られている。世に言う甘粕事件である。

 その後、甘粕は突然、日本を離れて満州に渡り、関東軍の特務工作を陣頭指揮。その時、岸と知り合い意気投合。いわく因縁の「闇のつながり」である。

 後藤田正晴は内務官僚だが長年、岸信介を垣間見て来ただけに、本性を知り尽くしている。その人物が岸信介の「汚れ、ただれた血」を語ったと言うのだから、まんざらデマでもなかろう。私はさもありなん、と思う。

  また米国で情報公開された資料の中に戦時中CIAから資金提供を受けていたメンバーの一覧表が公開されている。

CIAは日本占領期、占領期後に渡って、岸信介賀屋興宣正力松太郎児玉誉士夫などを、CIAの協力者とし自由民主党に活動資金を提供していたとされています。(CIAとはアメリカ合衆国の情報機関である中央情報局の略称です。)

   資金の提供を受けたのは岸信介と、自民党有力者と社会党右派(後の民社党)とされていますが、資金の提供を受けた結果、社会党右派が民社党を設立することとなり、日本社会党は弱体化となりました。

 その後総理大臣となった岸信介日米安全保障条約という極めて日本に不利な条約を米国とかわす立役者となりました。 

 岸信介語録より「(安保の)デモに参加している人たちは必ずしも自分の意思で参加しているのではない。あれだけの数が集まるのは、日当をもらって出ている人や、背後にだれかがいてそれにおどらされているからだ」  

 これを覚えていた安倍首相は今回の参議院選挙の街頭演説で自ら実行しました。何十台ものバスで主にお年寄りのバイトを雇い、警察にガードされながらの演説です。 国民の声(いわゆるこんな人たち)には絶対負けられないからです。

 追記) 岸とCIAの関係については、「CIA Name Files - 2nd Release ※」(CIA名簿 第2次公開)の「K」の項目に「KISHI NOBUSUKE 066 230/86/23/03」と記載されているのが確認できます。
https://www.archives.gov/iwg/declassified-records/rg-263-cia-records/second-release/name-files.html#k

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 安倍晋三の血も涙もない「国民に冷たい政治」は、6月の沖縄の慰霊の日や8月の広島、長崎での平和記念式典でのあいさつを聞けば一目瞭然です。人々の琴線に触れる文言など、どこにも見当たりません。


 父方の祖父・安倍寛もまた戦前・戦中に衆院議員を務め、実は相当に反骨な反戦政治家でした。なのに、このことはあまり知られていません。晋三の父でもある晋太郎は、父・寛に憧れて政治の道を志し、口癖のように周辺者にこう語っていたと言います。

「オレは岸信介の女婿じゃない。安倍寛の息子なんだ」

「安倍家」という視座で眺めた場合、岸信介ではなく、国政への第一歩を記した安倍寛こそが政治のルーツにほかなりません。なのに、安倍晋三が父方の祖父に言及することは皆無に近いのです。


 不戦の誓いを削除し、爺さんの岸信介が果たせなかった「改憲の実現」にまい進するのがエセ右翼安倍晋三です。